散策1. 番茶

京番茶

番茶ってどんなお茶?
「番茶」と聞くと、どのようなお茶を思い浮かべますか?価格の安い煎茶でしょ、という人もいれば、大きな茶色の葉のお茶だと思う人もいるでしょう。そう、番茶は誰もが聞いたことがあるけれど、人によって十人十色のお茶を思い浮かべる、多様なお茶の総称です。では事典にはどのように記されているのでしょうか。日本茶業中央会監修の『緑茶の事典』によると、番茶は「もともとは晩(おそ)く採った葉で作る茶をいったが、製茶技術の発展に伴って下級煎茶一般をさすようになった」とあります。大きな茶色の葉は古くからの番茶、価格の安い煎茶は比較的新しい番茶だといえます。なお、地方によっては、ほうじ茶を番茶と呼ぶところもあります(北海道、東北、北陸など)。古くからの番茶は様々な製法で作られていますが、製茶技術の発展に伴って番茶と呼ばれるようになった下級煎茶は、文字通り煎茶製法で作られています。ここでは、独特の製法で作られる古くからの番茶について散策していきたいと思います。

番茶はいつから飲まれていた?
さて、番茶はいつから飲まれていたのでしょうか。文献に現れるのは15世紀のことだとされています。最初は晩茶と書かれていたとか。緑茶事典にあるように晩(おそ)く採った葉で作る茶なので「晩茶」。今でも阿波晩茶などのように晩茶と表記する茶もあります。また1604年にイエズス会の宣教師によって刊行された『日葡辞書(日本語ポルトガル語辞書)』には「Bancha」の項目があり、ポルトガル語で「日常的な茶、または品質の低い茶」と説明されています。17世紀にはすでに番茶が日常的に飲まれていたことが伺われます。江戸時代中期、18世紀に煎茶製法が考案され、煎茶道も誕生して煎茶が広まりますが、その後も庶民が普段に飲んでいたのは番茶でした。一般家庭で急須を使って煎茶を飲むようになったのは昭和の高度経済成長期以降のことで、番茶はずっと日常的に飲まれていたのです。

番茶の「番」って何だろう?
今では「晩茶」よりも「番茶」表記が一般的ですが、そもそも「番」とは何でしょうか。本来の高級な煎茶の摘採期(一番茶)から外れた「番外」のお茶だから番(外)茶、という説。三番茶、四番茶といった遅く摘み採る「晩茶(ばんちゃ)」が変化したという説。日常の茶の意味での番茶という説。いろいろな説があるようですが、ここでは日常の茶=番茶説を推したいと思います。晩茶が変化したという説も有力で、確かに文献に現れた最初は晩茶と記されていたので、「晩茶」が「番茶」に変化したのはその通りなんでしょうが、ではなぜ「番」の字に変化したのかの説明が欲しいところです。番傘(日常的に使う丈夫な傘)やお番菜(日々の家庭のおかず、常の日のお惣菜)という言葉にも「番」の字が使われています。このように「番」の字には常用の、いつもの、普段の、という意味があるのです。日葡辞書にも「日常的な茶」と書かれていたこととも符合します。普段に飲むお茶だったからこそ「番」の字が使われるようになったのではないでしょうか。

焼き茶

山間地に残る素朴なお茶
古くからの番茶は、地方それぞれに独自の作り方が伝わっています。もっとも簡単な作り方は焼き茶でしょうか。茶の枝を切り取って焚き火で炙り、薬缶で煮出すだけの茶です。山仕事をする人がこの方法で山でお茶を飲んでいたり、焼畑農業の伝わる地域で見られる飲み方だと言われています。写真は、2001年に宮崎県の椎葉村にある民宿・焼畑で焼き茶を飲ませていただいたときのものです。
陰干し番茶も素朴なお茶です。枝ごと刈り取った茶を軒先に吊るして干し、飲む前に軽く炒って煮出して飲むもので、北陸から山陰地方や四国、九州の山間部に残っているそうです。
また日干番茶は、刈り取った茶葉を蒸したあと天日干しにして作るお茶で、奈良県吉野地方などに伝わっています。

京番茶の製造

煙臭がくせになる京番茶
京都では普段のお茶として飲まれている京番茶。玉露や煎茶の新芽を摘み取った後に残った大きな茶葉や硬葉を刈り取り、蒸します。蒸した茶葉を揉まずにそのままで乾かし、乾燥させた茶葉を強火で焙煎します。スモーキーな香りが特徴的なお茶です。ちなみに京都のお茶屋さんでは「京番茶」ではなく「刈り番茶」「炒り番茶」の名前で売られていることが多いようです。

美作番茶

煮汁が照りを生む美作番茶
美作番茶(岡山県)も個性的な作り方です。夏に枝ごと刈り取った茶葉を大きな鉄釜でじっくりと煮ます。そして天日干しするのですが、ここで先ほど茶葉を煮た釜に残った煮汁をかけるのが、美作番茶独特の工程です。煮汁をかけ、乾いたらまた煮汁をかけ、を繰り返すことで、茶葉に特有の照りが生まれます。美作番茶作りを見学させてもらったときに煮汁を舐めたことがありますが、それはもう渋いものでした。

桶に詰められた政所の平番茶

自然仕立て茶園の風景が美しい政所の平番茶
滋賀県の政所は、鈴鹿山脈の山麓に自然仕立ての茶園が広がる茶処。丸い形をした茶の木が並ぶ独特の景観は見応えがあります。ここで玉露や煎茶と並んで作られているのが、平番茶。平番茶は大きな桶に茶葉を詰め込んで蒸して作ります。じっくり蒸したあとは乾燥させて出来上がり。詰め込むときに強く圧搾するので平たくなることから平番茶の名がついています。お茶をあまり飲んだことのない若い人に、政所で作った玉露と煎茶と平番茶を飲み比べてもらい、どれが一番好きか尋ねると、優しく飲みやすい味の平番茶を選ぶ人も案外多くいたそうです。

寒い時期に作るから寒茶
番茶の中には冬の寒い頃に作る寒茶と呼ばれるお茶があります。愛知県の足助、徳島県の宍喰、兵庫県の丹波篠山などで作られています。足助では枝ごと刈り取った茶葉を大きな樽に縦に詰めて蒸します。蒸し上がった枝を振ると葉がハラハラと落ちます。あとは乾かして完成。足助の寒茶は揉みませんが、宍喰、丹波篠山では揉んで乾燥させます。同じ寒茶でも地方によって微妙に違うのが面白いですね。
成熟した葉で作るお茶は、他にも阿波晩茶、碁石茶、石鎚黒茶といった後発酵茶などもありますが、後発酵茶については別の機会に散策することとしましょう。

左から足助寒茶の刈り取った茶の枝、足助寒茶の蒸し工程、淹れた足助寒茶、篠山寒茶の蒸し工程、むしろの上で揉む篠山寒茶、篠山寒茶の茶葉

鬼も十八番茶も出花
古くからのことわざに「鬼も十八、番茶も出花」というものがあります。醜い鬼も十八歳の年頃になればそれなりに美しく見え、粗末な番茶も淹れたては香りがよい、という意味から、醜い者も年頃にはそれ相応に美しく見えることのたとえとして伝わる言葉です。現在は女性のことを言いますが、古くは男女どちらにも使われたそうです。「鬼も十七、山茶も煮端(にばな)」という言い方もあるとか。番茶が身近に飲まれていたから生まれたことわざかもしれませんね。決して褒め言葉ではないので、使い方にはご注意を。

淹茶選手権で平番茶を淹れる(写真:大城為喜)

気軽に愉しむのが番茶の流儀
煎茶や玉露は沸騰したお湯を適温まで冷ましてから注ぐとが美味しく淹れるコツですが、番茶は熱湯をそのまま注ぐ、あるいは薬缶に茶葉をひとつまみ放り込んでグツグツと煮出して淹れます。番茶の多くは製茶で揉む工程がないか、揉んでもそこまで強く揉み込んでいないので、薬缶で煮出しても成分が出すぎることはありません。急須で淹れる場合も、すべて注ぎきらずに残っても気にしなくて大丈夫。時間が経てば味は濃くなりますが、渋くなりすぎることはありません。気軽に淹れることができる、それが番茶のいいところ。気を使わず、土瓶のような大ぶりの茶器でごくごく飲んで愉しみましょう。


参考文献:『番茶と日本人』中村羊一郎 吉川弘文館(1998年)https://bit.ly/4tSpXDp
参考website:多々良 高行│長峰製茶│晩茶研究会note『「番茶と晩茶」定義を考察する(1〜5)現代の番茶の定義』https://note.com/yabukita/n/n9040fdb31f1c